COLUMN

第4回「ロミオとジュリエット」から時を超えて引き継がれたもの

©nilz boehme

 「ウエスト・サイド・ストーリー」はもともとウィリアム・シェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」に着想を得て作られたミュージカルである。14世紀イタリア・ヴェローナの二つの家の対立は、1950年代 のアメリカ・ニューヨークのポーランド系アメリカ人とプエルトリコ系アメリカ人との対立に置き換えられた。悲劇の恋人ロミオとジュリエットはトニーとマリアとなり、乳母はアニタに、ロレンス神父はドラッグストアの店長ドックに投影されている部分がある。「ロミオとジュリエット」の戯曲上演にふれたことがない観客も、「ウエスト・サイド・ストーリー」の映画や舞台を通じてその物語に親しんでいるケースも多いだろうことを考えると、この傑作ミュージカルは、現代の我々とシェイクスピア戯曲の距離を近づける上で大きな力をもっているわけである。プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」が、その物語に着想を得たミュージカル「RENT」を通じて幅広い観客に知られているように。
 アーサー・ロレンツによる「ウエスト・サイド・ストーリー」の脚本は、シェイクスピアの戯曲のエッセンスを実に細かく入れ込んでいる。ダンス・パーティでマリアと運命の出会いを果たしたトニーは、まずは彼女の手に、そして唇にキスする。これはもともとの戯曲で、ロミオとジュリエットが交わす“巡礼の口づけ”のやりとりを踏襲したもの。アニタがマリアの言葉をトニーに伝えようとドラッグストアに行き、トニーの仲間たちに辱めを受ける衝撃的場面は、乳母がジュリエットの言葉をロミオに伝えに行き、ロミオの仲間たちにセクシャルなジョークでからかわれる場面をエスカレートさせた踏襲と考えられる。
 「ウエスト・サイド・ストーリー」を「ロミオとジュリエット」から着想したオリジナル演出・振付のジェローム・ロビンス、脚本のアーサー・ロレンツ、作曲のレナード・バーンスタイン、作詞のスティーブン・ソンドハイムの四人は、ゲイのユダヤ系アメリカ人であるという共通点があった。そして、――人々が許し合い、平和に静かに生きられる世界がいつか訪れる――と歌い上げる作品の名ナンバー「サムウェア」は、ゲイ解放運動以前の人々の心に強く響いた――とは、海野弘著「ホモセクシャルの世界史」の述べるところである。シェイクスピア自身、とある“美男子”に向けた恋心を歌い上げた一連のソネット(十四行詩)でも知られることを考えると、時代を超え、優れた芸術作品が人の心に訴えかける、その力の強さを感じずにはいられない。

(藤本真由 舞台評論家)